『サンダーボール作戦』訴訟と「スペクター」復活の長き道程

『サンダーボール作戦』訴訟と「スペクター」復活の長き道程

 

「007」映画シリーズ番外編『ネバーセイ・ネバーアゲイン』が製作されるきっかけとなった『サンダーボール作戦』の訴訟問題とジェームズ・ボンドの宿敵「スペクター」と首領「ブロフェルド」が007映画に復活するまでの長き道のりをまとめてみました!

 

『サンダーボール作戦』訴訟と「スペクター」復活の長き道のり

1.小説『サンダーボール作戦』の出版

イアン・フレミングは、「007」シリーズ長編第5作目『ロシアから愛をこめて』の執筆当時、007ジェームズ・ボンドの映画化やTV化などの引き合いの多さからフレミング自身によるボンド映画の自主製作を考えるようになる。

1958年、友人のアーネスト・クネオとアイヴァー・ブライスに話を持ちかけ、ブライスの友人で映画プロデューサー、映画監督のケヴィン・マクローリーも参加して、007映画の製作会社「ザナドゥ・プロダクション」を設立。

マクローリーは、イアン・フレミングの著作「007」シリーズの長編小説は映画化には向いていないと進言しましたが、主人公のジェームズ・ボンドは映画向きのキャラクターだと感じていました。

最初の草稿『諜報部員ジェームズ・ボンド(仮題)』は、アーネスト・クネオによって書かれました。マクローリー、ブライス、フレミングとマクローリーの友人で脚本家のジャック・ウィッティンガムは、数多くの草案や脚本を通して新しいジェームズ・ボンドのキャラクターを創り上げました。

1959年、マクローリー、フレミングやブライスは、原案『西経78度(原題: Longitude 78 West)』を完成させ、脚本家のジャック・ウィッティンガムがオリジナル脚本を執筆しました。物語は、水中撮影の経験があるマクローリーの腕を生かした海洋冒険のアクションシーンを取り入れ、また、マクローリーは、今までからのボンドの敵であるソ連の秘密組織スメルシュよりスケールの大きな架空の犯罪組織を敵にした方が映画的に良いと国際犯罪組織「スペクター」を創造。(マクローリーが、「スペクター」や「ブロフェルド」をオプションとして追加したのもこれに起因する)

しかし、フレミングはマクローリーの映画プロデューサーとしての手腕に疑問を感じ、ブライスと共謀してマクローリーを映画製作から強制的に排除してしまいます。その後、フレミングはマクローリーやウィッティンガムの許可なしにオリジナル脚本の『西経78度(原題: Longitude 78 West)』を小説化(ノベライズ)し、1961年にフレミングの「007」シリーズ長編第8作目、タイトルは『サンダーボール作戦』と改めて発表。

出版前の情報で、小説『サンダーボール作戦』のストーリーを知ったマクローリーは出版社に出版の差し止めを請求するが、聞き入れるどころか増刷し、フレミングは本作を含め、原作の「007」シリーズの映画化権とそのオプションをプロデューサーのハリー・サルツマンに売却していました。(『カジノ・ロワイヤル』は、ハリウッドのプロデューサー、チャールズ・K・フェルドマンが映画化権を持っていました。『ムーンレイカー』は、俳優のジョン・ペインが映画化権を所有していました。)

怒ったマクローリーとウィッティンガムは、映画の物語の構想や登場人物の創造は共作、小説は共著と訴訟を起こし、フレミングは1963年11月20日ロンドン高等法院に提訴される。

9日後の11月29日に和解が成立。フレミングは、35000ポンドの損害賠償と52000ポンドの法廷費用を支払い、小説にはマクローリー、ウィッティンガムが共同著者としてクレジットされることになり、小説『サンダーボール作戦』の映画化権はマクローリーが所有することになり、マクローリーは50000ポンドの損害賠償を得ました。フレミングは、「スペクター」と「ブロフェルド」を出版物での続編権を所有することになりました。

 

 

2.映画『007/サンダーボール作戦』の製作

マクローリーは、小説『サンダーボール作戦』をワーナー・ブラザースでリチャード・バートン主演の映画製作を発表するが、007映画のブランドイメージを損ねることを危惧したイオン・プロのプロデューサー、アルバート・R・ブロッコリはユナイテッド・アーティスツを通じてマクローリーと交渉。マクローリーとの合作として製作に名前をクレジットする代わりに、以後10年間はマクローリーによる007映画の製作をしないことで交渉成立。

(イオン・プロは、『カジノ・ロワイヤル』のプロデューサー、チャールズ・K・フェルドマンとも交渉を試みるが、合意が得られずイオン・プロでの映画化を断念。)

『007 カジノロワイヤル』(1967)『007/カジノロワイヤル』(1967年)のあらすじとキャストは?

「007」映画シリーズが製作される時には、本作『サンダーボール作戦』が「007」映画シリーズ第1作になるはずだったが、製作費の問題や著作権訴訟問題の関係からユナイテッド・アーティスツ側と検討の結果、「007」映画シリーズ第1作は、小説『ドクター・ノオ』が選ばれる。

 

 

3.「スペクター」と「ブロフェルド」が登場する007映画作品(ジェームズ・ボンドとブロフェルドとの死闘の歴史)

「007」映画シリーズ第1作『007/ドクター・ノオ』(1962)
原作小説では、ドクター・ノオはソ連の秘密組織スメルシュの一員だったが、映画ではスペクターの幹部に変更。

 

「007」映画シリーズ第2作『ロシアより愛をこめて』(1963)
原作小説では、ソ連の秘密組織スメルシュによるドクター・ノオの復讐のためのボンド暗殺計画を描いていましたが、映画ではスペクターが登場し、英ソとの三つ巴の諜報戦のストーリーに変更されています。スペクターの作戦会議のシーンが登場しブロフェルドも登場します。

 

「007」映画シリーズ第4作『007/サンダーボール作戦』(1965)
謎の犯罪組織「スペクター」が、核弾頭を強奪し、1億ポンド相当のダイヤモンドを要求。英国秘密情報部は00諜報部員に調査指令「サンダーボール作戦」を発令。

 

「007」映画シリーズ第5作『007は二度死ぬ』(1967)
米ソのロケットを強奪され、米ソ間の関係が悪化し一発触発の危険な状態になり、ジェームズ・ボンドが日本へ調査のために向かう。スペクターの首領ブロフェルドが初めて姿を見せた作品。

 

「007」映画シリーズ第6作『女王陛下の007』(1969)
スペクターの首領ブロフェルドが、殺人ウイルスを開発し、英国の国家破壊を企ていた。事件解決後、新婚旅行に出発したボンドの後を密かにつけて来ていたのはブロフェルドであった・・・

 

「007」映画シリーズ第7作『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971)
原作小説には、ブロフェルドは登場せず。映画では、ダイヤ製サテライトビームを搭載した人工衛星で世界各国を脅迫しようとするスペクターのNo1ブロフェルドとボンドの対決を描いています。

 

「007」映画シリーズ第12作『007/ユア・アイズ・オンリー』(1981)
国際犯罪組織「スペクター」と首領「ブロフェルド」が登場する『007/サンダーボール作戦』がリメイクされるとの噂を聞きマクローリーへの当てつけ(映画に国際犯罪組織「スペクター」と首領「ブロフェルド」が登場しなくても007映画はヒットする)とブロフェルドとの決別の意味を込めてオープニングシーンに誰が見ても「ブロフェルド」とわかる”謎の車椅子の男”を登場させボンドに返り討ちにさせる。

 

 

4.「スペクター」と「ブロフェルド」の著作権

しかし、映画『サンダーボール作戦』に登場した国際犯罪組織「スペクター」とその首領「ブロフェルド」が、その後の007映画に登場するのを目にして、マクローリーは小説『サンダーボール作戦』の著作権訴訟と同じように、作中に登場するスペクターやブロフェルドの著作権も自分にあると映画製作者を訴えました。その結果、国際犯罪組織スペクターやその首領ブロフェルドは、『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971)を最後に「007」映画シリーズには登場しなくなりました。

 

 

5.『ネバーセイ・ネバーアゲイン』の製作

10年後の1975年、マクローリーはショーン・コネリーに『サンダーボール作戦』のリメイクの話を持ちかけます。イアン・フレミングと並ぶスパイ小説の巨匠レン・デイトンと共同で『サンダーボール作戦』のリメイク版『WARHEAD』の脚本を執筆し、映画化に乗り出しますが、イオン・プロ側と訴訟になり、オリジナルの『サンダーボール作戦』と物語が異なるという理由で敗訴となりました。この時点で既に製作の全権はショーン・コネリーが握っていました。コネリーは製作、総監督、脚本を担当し、監督にリチャード・アッテンボロー、ブロフェルド役にオーソン・ウェルズ、M役にトレヴァー・ハワード、ボンド役には若手俳優を起用する予定でした。

1980年代に入り、脚本をオリジナルの『サンダーボール作戦』に沿った形に書き直して、ボンド役にショーン・コネリーの長年の友人で「007」映画シリーズで3代目ジェームズ・ボンドを演じ、降板を表明していたロジャー・ムーアを起用する予定だったが、MGMが破格の出演料を提示したことによってムーアが続投を決意し『007/オクトパシー』に出演することを選択しました。

ロジャー・ムーアが『007/オクトパシー』に出演することになり、ボンド役にムーアの後任を探すが見つからなかった。そして、ついにショーン・コネリーは12年ぶりにボンド役への返り咲きを表明し、ジャック・シュワルツマンとともに『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を製作。

クレジットこそされていないが、1975年の企画発足当初からこの作品の実質的な最終決定権はショーン・コネリーにあり、マクローリーは主導権を握っていなかった。これに納得出来なかったのかマクローリーはこの後も「WARHEAD改め、ATOMIC WARFARE」や「WARHEAD 200.A.D.」、「SPECTREシリーズ」と銘打った作品の製作を発表し、5代目就任直前のピアース・ブロスナンや4代目を降板したティモシー・ダルトンを主演に迎えて作品を製作しようと考えていたようだが、結局実現することはなかった。

 

 

6.ケヴィン・マクローリーの死去

ケヴィン・マクローリーに力を貸して『ネバーセイ・ネバーアゲイン』の製作に携わったワーナー・ブラザースのジョン・キャリーはその後ワーナー・ブラザースを辞めて、MGMの傘下になったユナイテッド・アーティスツの社長に就任。1995年、イオン・プロの「007」映画シリーズの5代目ジェームズ・ボンドにピアース・ブロスナンを抜擢し、『007/ゴールデンアイ』を大成功させる。1990年代に入り人気に陰りが見えてきた「007」映画シリーズがこの作品によって息を吹き返したと言われています。

その後、キャリーは1996年にソニー・ピクチャーズに引き抜かれます。ソニー・ピクチャーズはマクローリーとともに『カジノ・ロワイヤル』や『サンダーボール作戦』の映画化権とスペクターとブロフェルドのキャラクター権を行使し、新たな007シリーズ「SPECTREシリーズ」の企画を立ち上げるが、当然MGMとの訴訟になってしまう。この裁判は当時ソニーとMGMが、それぞれ独自に進めていたバラバラに映画化権が売却されていた『スパイダーマン』の権利回収作業からMGMが手を引き、MGMが回収した『スパイダーマン』の権利とソニーが保有する『カジノ・ロワイヤル』の権利を交換し、シリーズの製作を中止することで和解が成立。マクローリーは一人蚊帳の外の状態であった。

その後、MGMはやる気満々だったピアース・ブロスナン主演の『カジノ・ロワイヤル』の製作を始める前にソニーに買収されてしまう。結果的にソニーは『スパイダーマン』と『007』シリーズの2大有名シリーズを手に入れることになる。キャリーはソニー・ピクチャーズの社長に就任し、6代目ジェームズ・ボンドにダニエル・クレイグを迎えて「007」映画シリーズ初のリブート作品『007/カジノ・ロワイヤル』を大ヒットさせる。ケヴィン・マクローリーは、同作品公開4日後の2006年11月20日に死去。奇しくも11月20日はマクローリーがイアン・フレミングをロンドン高等法院に提訴した日であった。

 

 

7.訴訟合戦の終結と「スペクター」の復活

2006年、ケヴェン・マクローリーの死去にともない、彼の遺族とダンジャック(イオン・プロの親会社)は和解交渉を行い、マクローリーの遺産は、現在、ダンジャックの管理下のもとに入っている。これにより約半世紀におよんだフレミング、イオン・プロ対マクローリーの訴訟合戦は完全に終結。

2013年11月、MGM(ユナイテッド・アーティスツを買収)とダンジャックは、マクローリーの遺族から「スペクター」とそれに関係する登場人物を007映画に登場させる権利を購入したと発表。

2015年、44年ぶりに国際犯罪組織「スペクター」とその首領「ブロフェルド」が登場する「007」映画シリーズ第24作『007/スペクター』が製作、公開される。

 

「007」映画シリーズ第24作『007/スペクター』予告編

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記事作成日:2020/07/17

最終更新日:2021/09/15

 

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